HAMLET村の住人たち

時差ぼけもようやく直ってきた頃、そろそろ始動しなくちゃね と、まず手始めにご近所にお住まいの

日本人のお宅にご挨拶にでかけました。

初めが肝心なので印象良く見えるよう、チョット地味めの服をきて手みやげのお菓子なんぞ抱えて、

かなり緊張して出かけました。ブザーを押してドキドキしながら待つこと数秒・・・現れた人は40才位

品の良いとても感じの良いかたでした。「あらあ お若いわねえ!まだ娘さんみたいねえ」などと

言って
くれちゃったりして! 「いい人や♪」と思いましたねえ!

これですっかり緊張もとけて、あとは話が弾みましたね。 この方のご主人様は新聞社にお勤めで

ワシントン駐在も、もう2年になるとか・・「なんでも分らないことは聞いてね」と優しいお言葉に

胸がキュンとなりました。「このHAMLETには日本人たくさんいるから皆にMEGさんを紹介しなきゃね。

近い内にランチョン・パーティーやりましょ」と 言ってくださいました。

 

そして約束通り、すぐにパーティーを開いてくださいました。

まあ多いこと、多いこと「エッこんなにいるの?」とビックリするほど集まってきましたよ。

HAMLETの住人だけでなく近くに住む日本人全員に私を紹介しようという心遣いだったんですね。

そして集まってきてくださった方たちは皆本当に優しくて、感じの良い方ばかりでした。

ワシントンという土地柄から、新聞記者とかTVとかの報道関係の奥様が殆どでした。

それも世界の政治の檜舞台ですからね。中堅の30代、40代の方が多く、

まだひよっこ主婦の私は最年少でした。

最年少というのはとにかく気楽でしたね。何も知らなくても「若いから」でなんとかなってしまう。

「エッそんなこと? 知らな〜いんだもん!」

「お料理?できな〜い! きゃは♪」

「マナー? わかんな〜い! 私 なあんもできな〜い」 

ってな調子・・ハイハイ やっとって!

つくづく今じゃなくて良かったと思ってます。今だったら、年だけとってて、
中身の未熟さは

あの頃と大して変わっていませんからね。 この年になって

「MEG わかんな〜い おせーて!」なんてやってたら

けっとばしたろか! 言われますからね! ホント


この日はポトラック・パーティーとかで各自料理を持ち寄ってのパーティー

だったんですね。

そのお料理のすごいこと・・

和食あり、中華あり、フランス料理ありで、食べきれないほどどっさりありま

した。そしてその味たるや・・プロ並み・・美味しすぎる!

「今日はきみしぐれをつくってみたんですよ」だなんて・・・

なにその「きみなんとかって?」・・・  

エッ和菓子?・・・和菓子をアメリカで? しかも手作り?

うーむ! あなどれん!

「折につめて持ち帰りたいよう」と本気で思いましたけどね。 皆さんお料理

上手な方ばかりで、この方達と対等にやっていくのは 大変なことだろうなあ

と武者震いしましたよ。


そしてこの日から私のお料理との戦いが始まったのです。

なにしろ私のお料理の基本哲学は、

「早い!安い!うまい!」 ン? 吉野家? ですからね。

少ない努力で多大な効果? をねらってますからねえ・・

和菓子やら、フランス料理やら作れる凄腕主婦とどう渡り合っていくのか?

はい 勝負なんてできるはずありませんね。ただひたすら「教えてチョーダイ!」 でやりましたよ。

この日以来、パーティーに招待されたときには必ず、
レシピノートを抱えていって、出してくださった

すべてのお料理の作り方を1から教えてもらっていました。このレシピノートは私の必需品となり、

浸みだらけでボロボロになるまで使っていました。そして今でもこれが手放せません。

ここで久々に教訓  慣れるより習え ン? なんか違う?

続きは次回にね。      to be continued

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