帰国準備


ワシントンに2度目の桜が咲く頃、私達は帰国準備を始めることになりました。

主人は2年、私はたったの1年半の駐在で、短かった分中身の詰まった毎日だったと思っています。

有賀さんもこの春に帰国することになり、HAMLET周辺でも私以外に3人の方が帰国準備をし始めて

いました。

あっちこっちで開かれるのがガレージセールです。日本に持ち帰らない家具やら日用品の特売セール

をしています。駐在が長かった人達ほど荷物が多くて、ビックリするほどの商品?の山です。

有賀さんのガレージセールをお手伝いしましたが、値札をつけるのが結構大変!

特に買ったときの値段が高かったものほどつけにくいものがあります。辞書ほどもある大きな電卓を前に

して有賀さんが悩んでいました。「これねえ 高かったのよね! 2万円もしたのよ。ねえメグさ

ん 半額で1万円ではどうかしら?」
  い〜え〜 私はいらないよ〜 (\_\;

そのころでももっと小型で性能の良い電卓が安く売られているのに、5年も前のシロモノでしかも、こんな

大きな小型電卓では誰が買うのかしらねえ?「もっと安くしたほうがいいんじゃない?」と言っ

て値下げしましたが、案の定売れ残りました。

電卓に限らず、電化製品とかOA機器などは、年数がたったものは
ダメですね。買ったときはビックリ

するほど高かったものでも、ただの大ゴミとしかならないものを数多く見かけました。

他の人もそれぞれ派手にガレージセールをしてましたが、うちは家具もレンタルだし、その他のものもそ

のまま後任の人に譲ることになっているので、日本に送るものの準備だけで済んで楽でした。

ただそれらの準備をする頃にまたまた主人が出張でしばらく留守だったので、大変でしたけどね。

 
帰国する4人のために、HAMLETのコミュニティーセンターで

お別れパーティーをして頂きました。全部で40人くらい集まったん

ですよ。こんなにも大勢の方々とお友達になれて、ずいぶんお世話に

なったんだなあと思うと感慨無量でした。ヽ(*^^*)ノ

乾杯のときはニコニコしていたのですが、一人づつお別れの言葉を言

うときになったら、もう胸が一杯になってしまいました。

初めてアメリカへ来たときのこと、泣いた日、笑った日、感動した日

いろんな場面が走馬燈のように駆け抜けて行って、涙があふれて止まらなく

なってしまいました。 来たばかりの頃にも大泣きした私は、帰るときも

涙の大雨洪水警報
でした。

ワシントン東京ウイメンズクラブのお友達だったバーンズさんや、

クリスとカルメン その他あらゆる人達があちこちでお別れパーティーをして


下さって、そのたびに胸がキュンとして切ない想いに涙してしまう私でした。

4月の末にHAMLETを後にしました。朝早いのに見送りに来て下さった人達とは、この日ばかりは、

笑顔で「またいつかお逢いしましょうね♪」 と握手をしてからお別れしました。

good by HAMLET,  good by Alexandria,  good by Virginia,  and

good by the United States of America! We will be here again!


 

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