Tennis 大好き!!?

NOVAが終わってチョッピリ気が抜けてぽわ〜としていたある朝、近くのタウンハウスに住んでいる、

森村さん、 金子さん達に「MEGちゃん テニス一緒にやらない?」と声かけられました。

「HAMLETのテニスコート使いたいのよ。だからMEGちゃん 一緒にやって♪」

「いやあ 私運動神経ないし・・」

「そんなの大丈夫!私達だってそうよ」

「あ でもテニスラケット持ってないし・・」

それなら私、余分のがあるから貸すよ」

「あ だけどー テニスウエアもないし できないよ・・」

「あ それもOK!私最近太っちゃって・・・もう着られないのがあるから多分それMEGちゃんにピッタリだよ」

「いや あの そのう もないし・・」

「運動靴でいいよ それくらい持ってるでしょ」

「ほへ! でもね そのう フリフリのパンツもないし・・」

「いやだ(笑) MEGちゃんあれ着たいの?いいよ それも私のあげる」 

ってまあ そーゆー問題ぢゃないのに・・・

私は先天性運動神経欠乏症である。とにかく運動はすべて苦手、特に球技がダメ!

だから今まで 絶対避けてきたのに・・・森村さんたちなぜかすっごく強引で、気が付いたらやらなきゃならな

い羽目になっていたんですよ。

「朝9時にはテニスコート集合ね!それより遅れると他の人達にとられちゃうからね」と念押しまでされてし

まった。その後、金子さんは「ハイこれテニスウエアーとスコートとラケット」と一式持ってきてくれました。

着てみたらこれがホントピッタリで、「あれまあ金子さん以前は細かったんだあ」と妙に納得!

翌朝、もうホントに重たい気分を引きずって、テニスコートへと向かいました。

金子さん達もう来ていて2人でラリーの応酬してました。

「うわあ 二人ともすっごく上手!」 
惚れ惚れするほど
スコーンとよい音をたてていつまでも

ラリーが続いてるんですよ。こんな人達の中へ私なんかが入っていいのかなあ? 益々不安になっちゃい

ました!

「MEGちゃんは初めてだから・・・」と最初はラケットの持ち方から教えてもらいました。

「こーやって振るんだよ」 「あら 簡単 できそー」・・・なんてねえ

やってみたらこれが本当に難しい・・・空振りはするわ、やっと当たってもホームランになっちゃって、隣り

のコートまで飛んでっちゃったり、ボールが飛ばずラケット飛ばしちゃったり・・・

森村さん達一生懸命教えてくれているのがなんだか申し訳ないみたい・・・

「最初は誰でもそうよ。MEGちゃんだけじゃないよ」と慰めてくれる言葉もなんか力がなくて・・

森村さん達、誘った手前、私を何とかまともに打てるようにするのが義務と思ったらしいんです。

いい人達ですねえ。

翌朝、昨日よりもっと重い気分でテニスコートに行ったらチョット太めの男の人がいました。

森村さんが私に紹介してくれました「この人Kayさん うちの主人の友達でなんと元テニス選手なのよ。

今、丁度仕事 一段落して時間があるから、MEGちゃんのテニスコーチになってくれるんだって!」


 
このKayさんはフィリピンからいらした方で、年は40代後半から

50代前半といったところでしょうか。いつもニコニコしていて、

とっても優しい方なんですよ。

「あ なんかお父さんみたい♪」


テニスの基本を1から丁寧に教えて下さいました。

Kayさんに打ってもらうと、打ち返せるんですよ。丁度私が一番打

ちやすいところに、こんもりした球を返してくれるので、気持ちよく

ラリーが続きました。

現金なもので、打てるようになってくると、もう楽しくて楽しくて、終わっても

「早く明日にならないかなあ」と 毎日テニスの時間が待ち遠しくてたまりま

せんでした。少し慣れてきたら、サーブの打ち方やテニスのルール、試合の

仕方なども教えてもらって、「試合してみよーか」ということになり、やってみ

ました。

フツウはサーブ権のある人が有利なんですが、私の場合サーブが入らない

ので、サーブ打ってるだけで、試合が終わったりしてしまう・・・

Kayさんずいぶん一生懸命、私にサーブの打ち方を教えて下さいましたよ。

何度か、何日かやってるうちに何とかサーブも入るようになって、

よく4人でダブルスの試合をしました。

もちろん私はKayさんとのコンビです。

Kayさんが一打ごとに声をかけてくれて、うまく打てると

「Nice shot!」ってね!  嬉しかったですねえ。

ダブルスの試合が一番好きでした。たまに私達のチームが勝ったりすると

もう狂喜乱舞!!

とにかく もう毎日Kayさんにゴロゴロ甘えてましたね。 アンタは猫か?

ある朝、いつものようにるんるんでテニスコートに行ったらKayさんが居ない!

「あれ 今日はKayさんお休み?」

「急な仕事でフィリピンへ帰っちゃったのよ」
 Σ( ̄ロ ̄lll)

「そんなあ! お礼もお別れも何も言ってないのに・・・」 (~_~;)

それからは、何をやってもうまくいかない・・・金子さんや森村さんの打つ球は私には打ち返せなくなって

いました。というより、元々レベルが違いすぎたんですよね。

「そーいえばKayさんの球はいつもフォアで打てる球だったんだ・・・一番打ちやすいところばかりに打っ

てきてくれてたんだ・・・下手っぴーの私が楽しめるよう配慮してくれてたんだ・・・」

どっと寂しさがおそってきました。なんだかすっかり元気をなくした私は、あんなに楽しみにしてたのに

1日休み、2日休みするようになってしまって・・・

金子さん達ももう無理には誘ってこなくなりました。 そしていつの間にやら自然消滅してしまいました。

いつも中途半端でやめてしまい、根性が足りない私はあとになってから後悔しても遅いんだよね・・・

でも、私のような運動音痴が、ほんの少しの間でもテニスをやれて、あんなに楽しく過ごせたこと本当に

幸せだったなと今になって、しみじみ思います。

これも森村さん、金子さん、そして大好きだったKayさんのおかげです。

今これを書いているとKayさんのことがすっごく懐かしい・・・あれから20年以上たって、今ではかなりの

お年だろうと思うけど、きっとお元気でお孫さんにテニス教えていらっしゃるんだろうと思っています。

私は、今ではテニスはもっぱらTV観戦ばかり・・・ヒンギスとかダベンポートとか見ていると、あの日の

森村さん、金子さんの顔が浮んできます。きっと彼女達は今でもテニスやってるんだろうなあ!

ここで教訓 継続は力なり    うーん 私が言っても説得力ないですねえ

続きは次回にね  to be continued

 

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